なぜ、本サイトのテーマが「ブルーベリー」なのか?
それは、2001年6月1日、自宅の屋上で最初に熟した1粒のブルーベリーが、極めて美味しかったことによる。その屋上には、他に誰もいなかったのだが、私は、「うまい!」と声を上げたのを記憶している。
最初のたった1粒の鮮烈な印象が、ブルーベリーに興味を持ったきっかけである。実際、ブルーベリーの本当の姿は、ほとんど理解されていない。現在、一般に売られているものは、サイズも小さく美味しいとは言えない。さらに、ブルーベリーの日持ち性は、果樹の中でも最下位のグループに位置するだろう。だから、通常入手可能なフレッシュブルーベリーが美味しいこと自体珍しいのである。
その自宅屋上で結実したブルーベリーの品種名は、北部ハイブッシュ系極早生品種の「ウェイマウス」というものであった。収穫期が最も早い品種は、東京では6月の初めに熟すのである。
その後、様々な情報に触れるうち、この極めて美味しいと感じたウェイマウスの果実品質評価が、営利栽培者においては意外と低いことを知ったのだった。しかし、それは過熟しやすいというウェイマウスの品種特性によるもので、けっして美味しくない品種ということではないのである。収穫のタイミングさえ誤らなければ、この極早生性は、品種としては特筆すべき優位性といえるのである。
また、ブルーベリー苗は、日本で入手可能なものだけでも、優に100を超える品種が存在し、その多くの品種の正確性にも、かなりの疑問があることがわかった。実際に購入したブルーベリー苗も、ラベルは同じ品種名を表示しながらも明らかに形質が違うものが多数存在するのだった。
他の果樹と相対比較するならば、確かにブルーベリーの品種間異差は、極めて微妙である。ブドウやリンゴのようにあきらかに果色の違う品種などは存在しない。よって、その識別は、栽培や販売のプロであっても極めて難しいレベルであるといえる。そのような品種間異差の微妙さを前提とするならば、多くの栽培や販売の現場においては、正確に品種を同定する必要性すらないともいえる。
しかし、私は、このブルーベリーの品種間異差の微妙さに注目し興味を持つことによって、ブルーベリーだけでなく様々な事象に対する観察眼が研ぎ澄まされていくのを感じるのだった。
それは、学問分野としては、すでに消滅してしまった博物学(natural history)の根本姿勢に根ざすもので、現在では博物学的研究といわれている行為に極めて近いらしい。なお、この博物学なるものは、ごく一般的には「博物館」というものの存在によって、「博物」という言葉の本来の意味が相当に誤解をうけているようだ。「博物」とは極めて広い自然界全体を指し示す言葉なのである。
その極めて広い自然界全体を扱う存在であった博物学というものは、当然のごとく細分化し、現在の動物学、植物学、鉱物学などの学問分野が確立されていったという。
しかし、これら細分化した学問分野は、研究対象を論理的かつ科学的に分類し説明しようとする方向に向かったために、最も基本的な人間の感性による観察眼を否定してきた感が否めない。
現在でも昆虫や植物などの新種の発見がなされるのであるが、それらは、専門の研究者ではなく、フィールドをこまめに観察することを趣味とするアマチュア研究家によってなされることが多いという。新しい天体の発見も然りである。
私は、最初に1粒のブルーベリーの美味しさに感動し、そこから品種への興味が増幅したのだが、その興味はブルーベリーの品種だけでなく、さらに広範囲に拡がっていった。
あくまでもブルーベリーを中心に据えながらも、その栽培環境や周辺環境との美的結合にも注目するようになった。ブルーベリーという一つの自然物と、多くの高層ビルが建ち並ぶ都会という本来的に相反する環境とのアンマッチも注目した。そして、今考えると、それらの対比を鮮明な写真によって表現しようと試みたことが最初の出発点だったような気がする。
さらなる探求心は、ブルーベリーの花に集まる訪花昆虫にまで及んで、その行動や生態までを言及するに至った。この訪花昆虫とのかかわりにおいては、都会には自然がないのではなく、ブルーベリーの存在によって都会にも小さな自然が創造できるものであると確信している。都会では、数多くの昆虫が姿を消したのは事実であるが、数多くの昆虫が潜んでいるのも、また事実である。それらの昆虫は、小さな自然を創ってやりさえすれば、確実にそこに集まってくるのである。
また、このブルーベリーをきっかけとして、私は国の政策として推進されている多くの市町村合併によって、消えていってしまう風情ある村名や町名にも名残惜しさを感じるようになった。
それらは、過疎化と減反政策に端を発する幾多の苦難を乗り越えた初期のブルーベリー産地でもあった。その村名や町名が消滅してしまう前に、その名称とともに風景や取り組みまでも記録しておきたいと感じるようになったのだった。
以上の内容は、最も直感的な訴求が可能である写真という表現を中心としながらも、多くの現地取材や、独自の調査と研究を前提とした極めて論理的な記述によって日々蓄積されていった。それらを紹介した既存の書籍や著作物、あるいは今後の刊行予定もあるのだが、ここではWeb空間という特性を前提とし、デジタル固有の環境を生かしたコンテンツとして順次紹介していくつもりである。
なお、これは結果として判明したものでもあるのだが、本サイトはブルーベリーというテーマから発生した個人的な表現欲求を充足させるために開設したといっていいだろう。ブルーベリーというテーマによって、アイデンティティを感じ始めたとも言い換えてもいいだろう。だから、最初から個人の趣味サイトにありがちな思い込みによる世界に向けた情報発信などではなかったはずだ。よって、ハンドルネームの「管理人の○○で〜す」と名乗って、漠然と不特定多数にコミュニケーションを求めるものでもなかった。
つまり、私にとって、ブルーベリーとは正面から向き合う趣味として、極めて有意義な題材なのである。1粒の本当に美味しいブルーベリーと出会ったことによって、モノを見る視点、探求心、行動力、表現力、創造力、論理性、さらにはデジタル技術までもが洗練され研ぎ澄まされていったのである。
よって、このサイトのコンテンツを快適に閲覧するには、環境としては高速なADSLや光などが前提となるとともに、論理的で真摯な姿勢がなければ、全く面白くないことをお断りしておく。
また、ブルーベリー自体にはほとんど興味がない方が、それはあくまでも題材であると理解され、本サイトの本質にまで辿り着かれることは大いに歓迎するものである。
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