都会で楽しむブルーベリー

サイトマップ お問い合わせ
総責任者:渡辺 順司
コンセプト 環境の紹介 研究と評論 著作出版物 写真集:都会編 写真集:自然編 ブルーベリーの旅
コンセプト

本サイトのコンテンツとは(Web情報についての考察)
 基本的に、Web情報とは「更新」されることを前提としている。さらには、頻繁に「更新」されなければ、飽きられてしまうという性質すら有している。これは、Web情報が全く新しい情報源であるとともに、その信頼性は別として新鮮であることに最大の意味があり、従来視点で見るならば、意外にも安易な情報源であるともいえる。

  Web情報は、その「更新」という大前提によって、書籍などの紙媒体と異なり、極めて「はかない」ものだということになる。そして、そこに日本人的趣向を当てはめるならば、「はかなさ」を持つものなのだから、少しぐらい「趣」というものを感じてもいいはずである。
  たとえ大衆受けしなかったものであっても、絶版となってしまった価値ある出版物には、はかなさや無念さ、あるいは情緒や風情が感じられ、古書市場では実際にも高値がつく場合が多い。にもかかわらず、Web情報には、そのうような感慨が入り込む隙間は微塵もない。

  その理由は、情報の「価値」にある。つまり、価値があるものが消え去ってしまうことに、はかなさや無念さ、あるいは情緒や風情が感じられるのであって、価値のないものが消え去るのは、むしろ必然である。つまり、いくら面白くても、いくら楽しくても、価値性に乏しいものは、一過性の性質が強く反復する意味を持たない。あるいは、記憶して継承する意味を持たない。
 出版物であっても、「現代用語の基礎知識」、「イミダス」、「知恵蔵」は、毎年更新されなければ意味がない。しかし、逆に、昨年これらに掲載されたワードを使うこと自体、もはや「ダサイ」ことになるのである。一方で、本当に価値のあるものは、そう簡単にはその理解も許さず難解なことが多い。

  「情報」という概念には、「Data」「Information」「Intelligence」「Knowledge」という4段階があり、「Marketing Knowledge Provider」を目指すという企業コンセプトを持つマーケティングリサーチ会社がある。この「情報」に対する捉え方には、この問題を考えるにあたって非常に興味深い視点が存在する。

  現在、Web情報のほとんどは、このうち最も下位に位置付けられる「Data」としても、その信頼性に欠けるものが多いといわざるを得ない。極めて迅速に到達できるという最大のメリットを持つWeb情報ではあるが、そこにはデメリットとしての「信頼性」と「継続性」の欠如が著しい。

  その「信頼性」と「継続性」を有した情報は、先の「Data」や「Information」のレベルを超えて、「Intelligence」や「Knowledge」のレベルにまで昇華しているともいえる。あるいは、そのような蓄積ノウハウが、そこへの昇華を実現させているともいえる。

  つまり、知識や知恵、あるいは叡智を築くほどのレベルに到達している情報とは、その完成度をさらに高めることはあっても、時代にそぐわなくなるなど情報としての本来の価値が消滅するまで、安易に更新するなどということはありえないはずなのだ。

  本サイトのコンテンツは、無謀にも、そのレベルを目指している。また、真の意味での「新しさ」を目指している。しかし、一般的にWeb上でいう意味での新規性には乏しいということになる。さらに、その極めて論理的で難解さを含む表現は、当然のごとく時代のニーズとも逆行しているといえるだろう。

  そのようなことを考えた時、最近、ブログがこれほどまでに流行る理由がよくわかる気がした。
  当然、これだけ乱立しているわけだから有象無象がうずまいているのだが、ごく一部のブログは単純に面白い。発信者のセンスによるところが大きいのだが、とにかく気軽に楽しめるのは事実だ。つまりは、自分が興味あるジャンルにおける「娯楽性」が極めて強いことにブログの価値がある。
 そして、その発信環境はすでに十分整備されているのだから、多くはターゲットなど明確でなく、その漠然とした情報発信欲求を満たすために、誰もがブログに着手可能となっている。かつて、アプリケーションのビジネスパッケージが登場した時、個人が試行するには、とりあえずワープロは使ってみるものの、表計算やデータベースには、その対象とすべき素材が乏しかったのと全く同様である。
  ブログは、極めて安易に「世界に向けてた情報発信」と謳った個人サイトの開設よりも、さらに安易に自らの漠然とした表現欲求を満たしてくれる絶好の媒体なのである。
  そして、誰とも知れない僅かなトラックバックを、自らへの絶大な支持と勘違いしてもかまわないところに、ブログの存在意義がある。

  先の情報という視点から見た場合、「信頼性」と「継続性」という価値を持つブログは、まさに稀有な存在である。むしろ、その一過性の面白さ、楽しさ、気軽さがブログの価値なのである。だから、これらブログも含めて、「Web情報」などと捉えること自体、今風ではないのだろう。
  時代の趨勢は、もはやWebコンテンツに重たいものなど求めてはいない。

  しかし、そのようなWeb環境下にあって、本サイトでは、そのコンテンツ制作において、時代と逆行する試みをしてみたいと考えている。なぞらえるならば、ブルーベリー自体がマイナーであるのと同様に、極めてマイナーなポジショニングによるサイト運営とコンテンツ制作のモデルケースを目指している。
  そして、これは、敢えて一般のWeb環境に逆行したり、新たな試行をしようとするのではなく、単純に私のアイデンティティがその方向に向かうだけなのである。
  そう考えると、やはり趣味としてのブルーベリーの存在とは、もはや貴重な「題材」でしかないような気がしているのである。
このページの先頭へ戻る
メニューページへ戻る