「万年筆ミュージアム」について

万年筆からのメッセージ

 レビューで述べたとおり、そもそも私が万年筆に興味を持ち強く惹かれたのは、自分が関与しているビジネス領域の対極的なポジションにあるマーケットだったからです。つまり、真逆の位置に存在する「魅力ある何か」を直感したからなのです。それは、合理主義が見失ったモノ造りの本質と言い換えてもいいでしょう。

 そして、性急ともいえるほど一気に突き進んだ理由は、最初に抱いたゴール感にブレを生じさせることなく「魅力ある何か」を把握するためでした。そして、その最終目標とは、対極に存在する「魅力ある何か」を自らのジャンルにフィードバックすることだったのです。

 したがって、「万年筆ミュージアム」という書籍(プロダクト)は、私にとって、その目的を達成するための「万年筆に関する調査報告書」ともいうべき内容になっていきました。と同時に、評論色の強い「万年筆へのメッセージ」でもあったのです。それは私が受け取った「万年筆からのメッセージ」に対する返礼であり、あえて対極的視点から苦言を呈することでもあったのです。

Museum

 *裏表紙のデザインは、凝りに凝ったもので多くの方には理解不能かもしれません(PDFファイル)。

 

万年筆へのメッセージ

 万年筆のいわば門外漢である私が万年筆に感じた最初の印象は、その敷居の高さと閉鎖性でした。また、客観的かつ単純に筆記具として捉えた場合、その構造上マジョリティには受け入れられない決定的な「弱み」を有しています。したがって、今後ともマーケットが急拡大する望みは薄いばかりか、「クローズド・ノート(東宝)」のように万年筆を題材とした映画が制作され、またとないようなチャンスを得ても一向にブームになる気配すら見られないマーケットなのです。

万年筆の真の「強み」とは

 しかし、その一方で万年筆は、衰退したとしても、けっして消滅することはないであろう底力を秘めているように感じます。それこそが、万年筆最大の魅力であり「強み」だと思うのです。

 にもかかわらず、万年筆に関与度の高い人の一部は、前提条件として感情移入さえ必要とするニッチな「強み」に心酔しているように感じます。そこに辿り着くことは崇高なことなのではなく、実際の確率論が極めて低いという事実を認識すべきだと思うのです。多数決の評価ともいえる「弱み」を直視し客観性を持つことが、次なるステップへの足掛かりになるのではないでしょうか。実際、私が考える「付加価値」や「新たな価値観」に理解を示したのは、客観的視点を持ちうる人たちだった気がします。私は、このようなところに敷居の高さと閉鎖性を感じた気がするのです。

 そのようなことから「万年筆ミュージアム」には、この万年筆および万年筆マーケットへの対極からのメッセージが含まれているわけです。しかし、その主張、論旨、展開というものが、あまりにも性急かつ斬新であったため、多くの誤解を受けたことも否めないでしょう。したがって、今後は本サイトにおいて、その補足ができればと考えています。