万年筆の世界とは

マーケットの把握

 私は、普通の人よりも後から始めたものに対しては、いつも短期間でそのブランクを埋めたいという衝動に駆られます。子どもの頃から刺身をあまり好まず、イカやタコは好きでもマグロはほとんど食べませんでした。

 それが、30歳の時、はじめて大トロの美味さを知ったのでした。それからというもの、極めて短期間でそれまでのブランクを埋め、さらにあまりあるほど大トロを食べたと記憶しています。そして、そういったターゲットが幾つも現れ、同じような行動を幾度繰り返したかわかりません。2006年におけるその一つが万年筆だったのです。

 現代における「万年筆」とはいったい何なのか?。そのポジショニングとは?。いつも通りの強い興味と好奇心から、当然1本の万年筆では飽き足らなくなりました。各メーカーの個性や特徴、そして方向性や位置づけが気になって仕方がなかったのです。つまり、筆記具としての万年筆ではなく、このマーケット自体に強い興味を持ったということだったのでしょう。

 それには、まず資料集めによる概略と詳細の理解から入ることになります。最初に入手した枻出版の「趣味の文具箱」やワールドフォトプレスの「万年筆スタイル」のバックナンバーなどはとりあえず全部揃えたのですが、最も有益だったのは、これら専門誌よりも時代のトレンドや雰囲気を的確に伝える一般誌の万年筆特集だった気がします。

万年筆の世界

独自のアプローチ

 万年筆マーケットの概略把握で、最初に最も気になったのは、「幻の逸品」とか「垂涎の的」という表現が頻繁に使われることでした。それは、いったいどの程度のレベルのものなのかということを知りたいと思ったのでした。つまり、客観的にはどうなのかということです。さらに、様々なテーマで製作された多くの万年筆を、好みの問題という「バリエーション」論で片付けるのではなく、商品(プロダクト)として真に優れた高い「レベル」、つまり「真のクオリティ」を計るには、何を基準にすればいいのか?ということでした。

 そして、そのような逸品は、実際にどれほど存在するものなのか。それを的確に判断できる明確な基準(モノサシ)を自らの中に持ちたいと思ったのです。つまり、私が「魅力ある何か」を直感した万年筆という商品がホンモノであるならば、それを題材としたこの「モノサシ」とは、あらゆるジャンルに応用可能な「ノウハウ」になる気がしたのです。

 これが、興味を持ったモノに対する私の基本的な向き合い方になるわけですが、長い年月をかけて1本の万年筆を使い続け、それに愛情を持って接するであろう一般的愛好家にとって、このような性急で異質なアプローチは、全くもって理解しがたいことでしょう。それでいて、モノに対して冷めているようなところが、なおさらのこと違和感を与えるのかもしれません。 それこそが理解に遠く、時として疎ましく思われる理由でもあるのでしょう。しかし、そこから得られる新たな価値観は、極めて有益で何物にも代えがたい魅力に感じるのです。

 その考えの根本には、ヒトとモノに対する明確な区別があります。万年筆も、所詮は「モノ(ツール)」でしかないという割り切りを前提としています。「モノ」に対して「愛着」は感じても「愛」までは注がない。私は、その「モノ」は「モノ」として直視し、むしろ、それを創りだしたメーカーや技術者のクラフトマンシップにこそ賛辞を贈りたいと思うのです。しかし、万年筆に限らず一般的に「愛(め)でる」対象となるプロダクトの評価は、感情によってその正当性を失うことがよくあります。さらに、その付加価値が一人歩きまでしはじめると、さらなるマイノリティの世界を築き上げ、もはや独りよがりの評価しかできなくなるのです。

「売るためのノウハウ」と「買うためのノウハウ」

 私がビジネスとして携わってきたマーケット、特にメカニカルなジャンルでは、製作現場の取材記事(=賛辞)をプロモーションに連動させることがよくあります。その販促活動は、もはや商品とセットとなったもので、すでに価格に反映されているか販売予測を見込んでのことなのです。ところが、どうも万年筆に関しては、そういったことはあまり考えないマーケットである気がしたのでした。マーケティングとは、いわば「売るためのノウハウ」なのですが、それが希薄なマーケットに興味を感じたのも事実なのです。

 たとえば、その本質理解には説明が必要な多くの商品があり、その一方でそれを必要としない少数の優れた商品があった場合、私のビジネスではその背景に応じて、双方をより効率的に販売することを考えるわけです。そのような「売るためのノウハウ」を仕事にしているわけですが、この万年筆という商品を深く見つめることによって、逆の視点を持てる気がしたのです。

 それは、送り手の対極にある受け手側の「買うためのノウハウ」です、実際のところ、説明を必要としない優れた商品とはいえ、それを真に理解している買い手はごくわずかです。自らのモノサシを持つということは、本当に難しいのです。もちろん、それは万年筆以外の世界でも体験は可能なのでしょうが、短期間でノウハウにまで高めるには絶好な題材の一つとして私は万年筆を捉えたのでしょう。つまり、私は万年筆マーケットとプロダクトを直視することで、モノの真価を判断できる「審美眼」に酷似した感性(ノウハウ)を習得できると感じたのでした。これは、自らのビジネスへのフィードバックを超え、自分自身へのフィードバックとして極めて有効なノウハウの習得だと感じたのです。