創立記念とマーケティングリサーチ

 かつてのレコードはCDに変わり、VHSはDVDへと変わりました。そして、そのDVDもBlu-rayへとリプレイスされていきます。VHSやDVDが完全に淘汰されていく中、アナログレコードを扱うショップは存在し、そのプレーヤーや針もいまだに販売されています。これはアナログのビデオテープと高画質デジタル映像の関係とは異なり、アナログレコードには仮に音質的デメリットがあったとしても別の独自のオリジナリティが存在するからです。しかし、それを体感し、理解し、実践するクラスターとは、相当にニッチでマニアックな位置づけであることは間違いないでしょう。

 一方、万年筆もマイナーでありながらも、アナログレコードと同様に淘汰されないであろう確固たる存在感があります。販売に説明や時間を必要とする商品であるにもかかわらず、百貨店の文具売場でも、そして丸善や伊東屋をはじめとした高級文具店の一部では、いまだ事務用品のフラッグシップ的ポジションが与えられているのも事実です。また、限定品としての稀少性のみならず、カルティエやルイヴィトンなど高級ブランドのラインナップの一つとして存在し、宝飾性やステイタス性も重視されています。

Maruzen Itoya

 

 にもかかわらず、私が関与するビジネスシーンでは万年筆をほとんど見かけることがないのです。また、その構造的デメリットを考慮するならば、少なくとも私の周辺では、まったくといっていいほど出番のない筆記具といわざるを得ません。これは、客観的にはアナログレコードと全く同じで、相当にニッチでマニアックな位置づけであることを意味します。しかし、その付加価値においては、独自の「外向的な要素」が存在すると確信していたのです。ただし、それを有意義に活用するには、モノである万年筆自体に頼るのではなく、それを使うヒト次第なのです。つまり、モノとはあくまでもヒトを補佐するモノでしかないのです。使う人間が優れていなければ、総じて筆記具としての構造的デメリットを持つ万年筆は、現在の高解像度の大画面ディスプレイに対する低解像度のアナログビデオテープの価値しか持たないのです。

 私が万年筆に興味を持った翌年の2006年は、会社が創立15周年を迎える年でした。私は、その創立記念としてスタッフ全員に万年筆を贈ろうと思い立ったのでした。それも、各スタッフに対してすべて違った高級万年筆をと考えたのです。これは、万年筆にとっては相当な逆風ともいえる我々のビジネススタイルにおいて、この厄介ともいえる筆記具が、いったいどれほど受け入れられるのか、あるいはどのような評価をなされるのかという、ひとつのマーケティングリサーチでもあったわけです。

Montblanc

 

 しかし、これには相当な困難がありました。とにかく、こちらがいくら考えて選んでも、万年筆の外観に対しては好みのウェイトが非常に強く全く予想がつかないのです。身につける筆記具には、それほど嗜好のバリエーションがあるということなのです。しかし、これこそが「書くこと」を超えた付加価値を予感させる証なのです。

 それにしても、これではお祝いや贈り物に万年筆というかつての「おきまりパターン」が、実はいかに多くの使われない万年筆を生み出していたばかりか、万年筆イメージの低下に繋がっているかという印象を持ったものでした。どちらにせよ、これをきっかけとして、多くの販売の現場での意見を聞くとともに視察もできたわけです。

 そして、もうひとつ。この万年筆の世界で、このような試みをすることは確実に話題性を持つだろうという私の直感的打算があったのも事実です。実際、それは私の目論見を遙かに超えて注目を集めることとなり、「万年筆ミュージアム」の刊行以前からメディアにも取り上げられ、会社のPRや話題性には極めて大きな効果をもたらしたのでした。これは、当時関わっていた富裕層マーケティングにも多大なヒントを提供したと同時に、広告およびマーケティングビジネスに携わってきた自分が、極めて短期間で全く理解の乏しいマーケットに、どれだけの波を起こせるのかという試行でもあり、ひとつの挑発でもあったのです。

media