万年筆の付加価値

構造的メリットとデメリット

 万年筆に深く傾注したことで、他の筆記具では味わえない万年筆の書き味の素晴らしさを、私もどうにか体感し理解することができました。これは、確かに他に比較するものがないオリジナリティであるとともに万年筆の構造的メリット(物理的優位性)といえるものでしょう。しかし、万年筆が持つさらに多くの構造的デメリットと対比させるならば、あまりにもわずかなメリットであると言わざるを得ません。

 さらに、万年筆がモノを書くという行為において至福をもたらすものだとしても、一般的にはそのためのハードル(厄介さ)があまりにも高すぎるのです。それは、現在の万年筆マーケットの実情が如実に物語っています。また、その物理的優位性は、高級万年筆だからといって特段に優れているということなどなく、最初から修理加工が必要になることもけっして希なことではないのです。これこそが、一般的には到底理解し難い万年筆の最大の構造的デメリットなのです。さらに、長く使い込んでいくことにより段々と馴染んでくるなどという「教え」は、万年筆に興味や愛着を抱く以前の者には、全く説得力を持たないものです。実は、潜在的にそれを理解してる万年筆信奉者は、それゆえ万年筆を必要以上に崇高な存在に押し上げたがるのかもしれません。

コミュニケーションツール

 私が万年筆に最初に感じたオマージュ、トリビュート、メモリアルなどの付加価値とは、その構造的メリットとは真逆にある副次的価値であり、それを包含しうる商品(プロダクト)であるがゆえに強い興味を抱いたのです。しかし、実際、自らのビジネススタイルやライフスタイルを勘案した場合、筆記具として常時使用することにはやはり相当な無理があったわけです。

 そのような中、自らが感じた副次的付加価値の発展型ともいえる「コミュニケーションツール」という新しい価値に注目したのです。実際のところ、欧米では自らの胸に挿した個性豊かな万年筆の話題からコミュニケーションが広がるといいます。 日本でこれを実践しているような事例を、少なくとも私は見聞きしたことがありません。また、万年筆の内向きな自己満足的こだわりに多くの誌面を割くメディアはあっても、それを媒介とした外へ向けてのコミュニケーション的要素が語られることはほとんどないだろうと思うのです。

CommunicationTools

 筆記具目的のみで万年筆をこよなく愛する多くの愛好家にとって、この考え方には異論があることでしょう。しかし、私は、いままでほとんど注目されてこなかった万年筆の「コミュニケーションツール」としての付加価値を高く評価しているのであって、従来からの筆記具としての存在を否定しているわけではないのです。

 ただし、その恩恵を得るには万年筆を至高の筆記具として祭り上げるのではなく、あくまでも脇役のツールとして捉えるとともに、真の主役である自分自身のコミュニケーション力を磨く必要があると考えているのです。したがって、主役であるヒトに対し、脇役であるモノを崇拝する考え方とは根底の発想が異なるのです。