万年筆のブランド力

どこでブランド力がわかるのか

 ブランド力をどうやって測定すべきか。万年筆マーケットでは、ブランド力調査などは行われていないでしょうが、最もブランド力があるメーカーといえば、結局のところモンブランということになるのでしょう。それが最も端的に表れるのは、有事?の時である気がしています。

オマスのブランド力

 かつて、オマスと日本代理店の契約が3年ほど途切れていた時、オマスの在庫の売れ行きは激減したといいます。私からするとオマスファンといえば、まさに万年筆の通という印象を持つのですが、そのオマスユーザーの多くでさえ修理に不安があるといっていたのです。ペン先をはじめ万年筆の修理は、現実的に考えるとメーカーよりも、日本でほんの数人の経験豊富な独立系技術者の方が優れているのが実情です。

 しかし、ニッチなマーケットである万年筆のさらに通でありマイノリティでもあるはずのオマスユーザーのうちのマジョリティにとっては、日本でのメーカー代理店の存在の有無と安心感とが非常に密接な関係にあったということなのです。つまり、日本で万年筆の通なんて、もしかすると数人しかいないかもしれないのです。

モンブランのブランド力

 本当の有事ともいえる世界同時不況の2009年、それまで「幻の存在」あるいは「垂涎の的」ともいわれて入手に困難を極めていた幾種類かの限定万年筆が二次マーケットに姿を現していました。

 もはや出てくることはないだろうとさえいわれていたペリカンの「ゴールデンダイナスティ」なども一時期と比較するならば妥当な値付けで登場していました。また、「ヘミングウェイ」は長期間にわたり、それも複数本が店頭を飾っていたのです。

 これは、「ゴールデンダイナスティ(888本)」と「ヘミングウェイ(20,000本)」の生産本数の違いでもあるのですが、その生産本数こそがモンブランのブランド力ということになるのでしょう。なお、大不況とはいえ、それなりの価格は維持されて流通していたようですが、それ以前は、出ればすぐに売れていき、少なくとも長期間店頭を飾ることはなかったと記憶しています。

再びモンブランのブランド力

 万年筆のイメージが強かったモンブランは、2005年頃から高級総合ブランドとして大きく転換し始めました。端的にいうならば万年筆に特化したイメージを払拭するだけでなく、既存の万年筆ユーザーはもはや今後モンブランが目指す顧客イメージではないとしていたはずです。これは、当時のトップクラスが各地で明言していたとも聞きます。

 実際、銀座並木通りから中央通りへ移転しフロアの構造を変えただけでも、その篩い落としに成功したといえるでしょう。万年筆の修理にしても経験値を必要とする修理方針から、カルティエの機械式時計の修理と同様にすべてをパーツとして交換する方式へと転換しました。

 また、以前のモンブランジャパンでは可能であったレベルの多くが、本国(ドイツ)に送られることとなりました。これは、極めて簡易的なレベル以外は窓口では実施しないとするもので、本来的にアナログ色の強い万年筆の修理をシステムとして捉えた結果なのです。さらに、かつての筆記具専門の担当がいた修理部門をモンブランブランドすべての修理部門として統合したようです。つまり、もはや万年筆だけに特化したものは存在しなくなったわけです。

 これら既存万年筆ユーザーの反発を買うような方針転換を次々に打ち出せるのも強力なブランド力を背景として今後の方向性がはっきりしていたからでしょう。しかし、その評価は別として、その実行を可能にしてしまうのは、いかに既存万年筆マーケット自体がニッチであり将来的に拡大の可能性が低いかを象徴しているのだと思います。