25.品種への関心度

この「本物のスタンレイを探しての旅」によって、各地のブルーベリー生産農家、種苗会社、研究者、あるいは趣味の栽培者を訪問し様々なことを感じた。

その一つが、やはり品種への関心度である。実際、日本全国でも、数少ない熱心なブルーベリー園以外、品種というものにあまり興味を持っていない。大粒かどうかの興味はあるものの、品種にはさほど厳密ではないし、その必要性もないというのが正直なところだろう。そして、それは、生産者に限らず、その他の多くのブルーベリー関係者にも当てはまることである。

ブルーベリーの機能性だけが、マスコミをはじめとして一人歩きしたことによって、今のところブルーベリーでありさえすれば、ある程度は売れていく。

いくつかのブルーベリー専門ではない大規模観光農園では、生食用に売られている品種は、その大半が小〜中粒の品種名が不明のもので、さらにその多くは裏側がまだ白い早摘みの果実である。残念ながら、この品質管理は、たとえ大量に機械収穫したとしても、その後にしっかりと選果する欧米マーケットにも劣るレベルのところさえ存在する。

それらは、当然、酸味が強く、わざわざ好んで食べたいと思うレベルの果実品質とはかけ離れている。数粒の強烈な酸っぱさだけが印象として残り、完熟したブルーベリー本来の甘味と酸味の調和という魅力など存在しようがない。

にもかかわらず、機能性における擦り込み情報の効果は絶大で、それなりに売れていってしまうのが現実である。リピート客を期待しなくても、観光バスで運ばれてくる大量顧客の何人かは買っていくわけで、ブルーベリーの本当の美味しさを啓蒙する必要性など、今のところ存在しないのである。

売れ残れば加工品にすればいいという悠長な発想が背景にある。そして、またこの加工品で十分に採算が合うのだから、むしろ、面倒な作業が伴う生果販売に手間や時間を割く必要性を感じなくなっても当然なのである。だから、ましてや品種などに興味を持つ必要性自体が存在しなくなっている。これが、現状であり、ブルーベリーとは、そこまでの果樹であると捉えるのが客観的評価といえるだろう。