私が、これほどまでブルーベリーに深く傾注したのは、ブルーベリーを「都会で楽しむ」こと、そしてそれによって「心豊かに暮らすこと」を阻害する要因がブルーベリーの品種問題に内在していたからのような気がしています。つまり、それを解決すること自体が、当時混沌としていたブルーベリー品種を同定し、体系化するということに繋がったのだと考えています。

今になって振り返ると、BSフジの「LOHAS(Lifestyles Of Health And Sustainability )」をテーマにした番組の取材(2006年6月)で、私は全く意識することなく「ブルーベリーを育てることが目的ではなくて」、「心豊かに暮らすこと」だと語っていたのです。この取材は、事前打ち合わせなどほとんどないインタビュー形式のものだったので、これが自分の素直な気持ちだったのだろうと思うのです。

つまり、自分自身にとってのブルーベリー栽培とは、目的ではなくて手段であったばかりでなく、非常に冷めた視点で見ていたのだと思います。したがって、「ブルーベリー大図鑑」とは、短期間で完成させなければならない自分自身の課題であり、自己実現の証だったのでしょう。
そのような感覚があったからこそ、極めて客観的にブルーベリーを見つめられた気がしています。 私は、一度興味を持ったモノを徹底的に見つめ、調べ上げ、極め尽くそうとします。そして、そこから得た知見で別なモノを見ようとしているようです。このひとつのノウハウともいうべきモノに対する接し方の原点は、このブルーベリーとの出会いから始まった気がしているのです。
