東京農工大学(東京都府中市)

 日本におけるラビットアイ系のブルーベリー品種は、1962年にはじめて導入されたホームベル、ティフブルー、ウッダードが俗にいうラビットアイ御三家として圧倒的なシェアを誇っています。 私もラビットアイ系品種に関しては、まずこの3つからその特性把握をはじめたことを憶えています。そして、様々な情報を調べていくうちに、府中市にある東京農工大学には、当時導入されたホームベルの原木があるということを知りました。

 このようなブルーベリーの歴史やエピソードなど深い感慨のあるものに関しては、特に強い興味や関心を持ってしまう私は、それを自らの目で確認し、さらには自らの手で鮮明な写真におさめたいと思い、さっそく府中市にある東京農工大学へと足を運びました。

 1962年に初めて日本に導入された記念すべきホームベルの原木のうちの1本は、確かに東京府中市の東京農工大学に現存していました。ラビットアイ系品種としては日本で最も普及したホームベルは、これらの株をルーツとして挿し木などの栄養繁殖によって増やされ全国に広まったものだと考えると、日本ブルーベリーの歴史において、この原木はまさに貴重な存在だといわざるをえないでしょう。また、ブルーベリーの結果習性により、その太い原木から何本も飛び出している新梢の先に結実した幼果の印象からは、その主軸の太さとの対比よる違和感によって、まさに40年近い樹齢を感じさせるものとなっていました。

 なお、同時に導入されたティフブルーとウッダードの原木はもはや存在していませんでしたが、原木に近い太さの株は何本も見ることができました。特にウッダードに関しては、ホームベルやティフブルーと比較すると、その特徴でもある開帳性が明らかに顕著で一目でウッダードだとわかる樹形をしていました。

 私が訪問した2000年の時点で、ティフブルーとウッダードの原木は存在せず、ホームベルだけが残っていたことを考えると、これも樹勢が強く強健であるホームベルの特徴を示すものだといえるでしょう。その後、この原木も2001年にはついに朽ちてしまったそうです。しかし、原木自体が失われたとしても、その根元から発生したサッカーによって、日本最古の株は、その後も元気に成長を続けているようです。

 なお、朽ちてしまった株は根元近くから切断されるようで、地面には何本もの太い原木のなごりが残っていました。そのうちの一本には大きなサルノコシカケが成長をはじめていました。おそらくサルノコシカケが繁殖するような巨木になったブルーベリーには、そう簡単には出会えないのではないでしょうか。私は、このサルノコシカケの存在から、ブルーベリー研究においての古い歴史を誇る東京農工大学の所以を感じたような気がしました。