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以上のように、ほぼ確実と思われるスタンレイに辿り着いたのも束の間、再びそれを揺るがすような事態が発生した。
以前より、スタンレイの品種同定をさらに確実なものとするために、依頼しておいた石川県能登半島柳田村で栽培されているスタンレイが、協力者の一人である千葉県木更津市のブルーベリー園の園主江澤氏のもとに到着したのだった。江澤氏は、やはりブルーベリーに愛着を持つ栽培家の一人で、私の探求に対しても強い支持と共鳴をして頂いている方である。そのブルーベリーへの強い愛着は、独力で自宅の裏山を切り開いて、2002年には自然溢れるブルーベリー園をオープンさせるまでに至った。
休日を利用して、湾岸の混雑を避けるためアクアラインで木更津に向かった。そこには、柳田村からの2株のスタンレイが到着していた。
そして、その株を詳細に観察するまでもなく、私は、ある意味驚愕したのだった。なんと、柳田村でスタンレイとされている品種は、私が今まで同定してきた多くの品種のどれにも該当しない株であったのだった。
日本には、まだ、私が見たこともない古いブルーベリーの品種が存在していることを痛感した。この株が、私が今まで見てきた既存品種のどれかに該当するものであったならば、柳田村内での品種の混乱と片づけていたかも知れなかった。
しかし、この株を確認した時、私は、スタンレイという品種を同定するにあたって、論理的に積み上げたはずの独自の品種同定ロジックが、如何に根拠がないものであったかということを、なぜか直感してしまったのであった。
しっかりとした導入記録と論拠があり、さらに複数の補足すべき事実があるにもかかわらず、群馬県に存在した株を、本物のスタンレイだとするには、全く確信が持てなくなったのだった。しかし、その事実は、もはや現在の状況においては、本物のスタンレイという品種を、もうこれ以上確認する術がないことを意味するものでもあった。
スタンレイは、公の機関によって過去3回にわたり日本に導入された。そして、間違いなくそのうちの1つであるはずのスタンレイが明らかになり、それをスタンレイとする論拠も揃っていた。しかし、私の直感は、それを否定するのだった。
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