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状況を整理すると、1952年に日本にスタンレイとして導入された品種が、群馬のスタンレイであることは間違いない。また、群馬のスタンレイと東北のスタンレイ、さらには一般マーケットに存在する多くのスタンレイとされた品種が同一品種であることも間違いない事実である。
これだけの裏付けがありながら、私は、それが本物のスタンレイではないとあえて結論づけることにした。
過去に農林省特産課をはじめとした公の機関によって導入されたビッグセブンの品種のいくつもが、事実上は異品種であったという事実。そして、同様に多くの論拠によって、ほぼ確定されたスタンレイの周辺事情を、さらに論理的に考えていくと、全く同じ疑いが出てくるのである。
しかし、そうなると、前述したように「本物のスタンレイ探しの旅」は、完全に暗礁に乗り上げたようなものとなるのだった。
もはや、アメリカ農務省の研究機関かスタンレイの故郷ニュージャージーにでも出向かなければ、本物のスタンレイとは一体どんな品種だったのかは確認のしようもないのである。あるいは、このような状況下では、仮にそうしたとしても、それすらも、にわかに信じがたいものといえるのかも知れない。もはや、1937年に没したスタンレイの開発者であるコビル博士のみが真実を知っているということになるのかも知れない。
しかし、私は、これこそがブルーベリーの歴史なのであると、再確認するとともに、妙に納得してしまったのだった。つまり、一度スタンレイと特定された「葉に特徴があるスタンレイ」は、スタンレイとして日本に入ってきたスタンレイのうちの、少なくとも1株でしかないという達観した気持ちになったのだった。
横田氏の記憶にあるスタンレイが、本物のスタンレイでないとするならば、別のスタンレイを確実に記憶している人物がいるかも知れないとすら考えるようになった。
実際に、記録では、1952年に日本に導入されたスタンレイは、この年、2回に渡り導入されているのである。それも、ニューヨーク州とニュージャージー州の2カ所からである。いまだ、望みは完全に絶たれたわけではなかった。
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