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北部ハイブッシュ系ブルーベリーの品種改良の歴史において、これほどまでに重要な品種であったスタンレイが、なぜ日本のどこにもないのか、私には、その事実が不思議で仕方なかったのだ。
ほぼ同時期に導入されたと思われる、やはり古い品種であるランコーカス、ジャージー、ジューン、デキシー、ペンバートンなどは、それなりに継承されているにもかかわらず、どうしてスタンレイだけが、他品種に更新されてしまうのだろうか。
また、日本における栽培の現実問題として、真っ先にリプレイス対象となるような品種が、親品種として、どうして、あれほどまでに多くの優秀な品種を生み出すことができたのかも全く理解に苦しむものである。
ブルーベリーにおける営利栽培上の優秀さと、交配親としての優秀さとが、それほどまでにかけ離れた資質であるとは、どうしても思えないのである。
これが、私の考える「スタンレイ・最大の不可思議」である。
元長野県果樹試験場長小池氏との会話の中で、氏の記憶の中には、当時栽培し観察していたスタンレイの記憶が鮮明にあると語ってくれた。だから、日本のどこかにスタンレイが存在していれば、その同定は可能であるという。
しかし、小池氏は、「だからといって、そのスタンレイが、本物のスタンレイであるかは、それとは別問題である」と語った。つまり、当時、小池氏がスタンレイとして扱っていた品種が本物のスタンレイだとする証拠はどこにもないのだという。
やはり、スタンレイは、さらに遠くなったとともに、ブルーベリーの品種問題の現実を突きつけられることとなった。
それは、当時現場の第一線で、導入当初からの品種の混乱ぶりを実際に体験された方の正直な意見だと私は思った。また、これこそが、まさにブルーベリーという果樹の宿命的な特性だといえるだろう。
結局、日本における北部ハイブッシュ系ブルーベリーの黎明期に関わった長野県信濃町においても、スタンレイは存在しなかった。それどころか、そこへ辿り着く道のりは長く、闇はさらに深くなったように思えた。
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