エイジングについて

 私がアンティークではない工業製品に対して初めて「エイジング」の意義を感じたのは、フランク・ミュラーの「カサブランカ」という腕時計でした。通常の工業製品は、経年変化してしまうこと自体をディフェンスするのが当然だといえるでしょう。しかし、このカサブランカというモデルは、オーナーが腕時計と共に過ごした時間経過を実感するためというコンセプトのもと、なんと陽の光によって文字盤の塗料があえて色褪せてくる仕様になっているのです。

 フランク・ミュラーのこの設計思想に対する評価は、愛着を持つものにエイジング感を望むのか否かという好みの問題に帰結するのかもしれませんが、そのコンセプトはアンティークに魅力を感じる意識に根ざしているのでしょう。実際には、経年変化の仕方自体も重要ですが、アンティーク製品におけるエイジング感は不可欠だといえるでしょう。実用品であるか否かは別として、何十年あるいは何百年経っても全く変化しない方が、むしろ不自然だといえます。

エイジング感

 ブロンズ自体のエイジングと、ペイントにおけるエイジングの双方が存在するヴィエナ・ブロンズを見ていると、このエイジング感というものを理解しやすいかもしれません。特にペイントのエイジング感は、人工的に創り出すことが非常に難しく、時として完全にペイントが剥げ落ちたものに後塗りを施したものや、現代物に手を加えてアンティークに見せかけたものも存在するのですが、これらは経験値によってほとんどが判別可能といえます。ただし、100年前の製品に対して、50年も前に相応の技術を持って後塗りされたものは、さすがにわからないかも知れません。しかし、それはパーフェクトな修復技術として評価されるべきものでしょう。

エイジング感

 多くのヴィエナ・ブロンズを見ていると、長い年月によって付着したホコリが、もはや製品の溝と一体となり、いい意味で光沢感を失わせ「くすんだ」イメージのエイジング感を醸すことがあります。この長年蓄積されたホコリは、不思議なことに洗剤をつけてブラシで擦っても落ちないほど完全付着していることがあります。

 また、この「くすんだ」エイジング感とは逆に、微妙な「光沢感」を持つものも存在します。これは、たぶんそれへの愛着からでしょうが、人の手で頻繁に触れられたことによって、そうなったものだと考えられます。このあたりも、芸術品や美術品というよりも、日常品に近いものとして扱われてきたヴィエナ・ブロンズ固有のものといえるでしょう。

 この微妙な「光沢感」と、溝に完全付着したホコリ成分による「くすんだ」印象の双方が相まった場合には、時間経過のみが創り出す唯一無二のエイジング感が、さらなる存在感をアンティークのヴィエナ・ブロンズに与えているかのように感じることがあります。